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宮崎県で最初にコロナウイルス患者を診た医師のドキュメント記録

暮らしの中で
70歳代2月20日~26日 アメリカロサンゼルスへの滞在歴あり
27日 羽田空港より宮崎空港着、自宅へはタクシー利用
移動時はマスク着用
帰宅後は発症まで自宅で過ごす。

宮崎県で最初にコロナウイルス患者と認定された高齢者が、病院を受診するまでの経緯。

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貴重な医師の証言

 

私の手もとには、宮崎県内で、最初に「新型コロナウイルス感染症」患者を診た、医師の証言記録のテキストがあります。

医師から、直接いただきました。

このテキストは、地元ラジオ局が、インタビューをおこなったものを、病院がテキストに書きおこしたものです。

症状的には、インフルエンザ、普通の風邪と、まったくかわらない。

最初の診断のむずかしさ

 

宮崎県で最初に、新型コロナウイルス患者が確認されたのは、令和2年3月4日のことです。

「症状的には、インフルエンザや普通の風邪と、まったくかわらない症状だった」

「確定的なエビデンス(証拠)になるような検査所見は、出ていない」

と話されています。

宮崎県内での、最初のコロナウイルス感染症患者が、病院を訪れたのは、令和2年3月1日でした。

症状としては、37度2分~37度5分の発熱や倦怠感。

その時の診察で、医師は、コロナなんて思いもつきませんでした。

対岸の火事の火の粉がまいおりてきた

 

令和2年2月頃までは、日本でのコロナ危機感はすくなく、都会で散発的に報告されている程度でした。

コロナといえば中国・武漢というイメージでした。

まして、宮崎なんて、コロナウイルスの感染者は、対岸の火事程度にしか認識していませんでした。

ところが、令和2年3月4日に、突然コロナウイルスが出現しました。

まさに、予想もしなかった出来事に、宮崎県民はおどろきました。

それも、自分が40年近く通っている病院から。

慶びが暗転した患者さん

 

患者さんが2日後に、再診に訪れられたとき、顔の表情だとか、基礎疾患がある、

問診で、ロサンゼルスに行ったことがあることが判明。

出発前までは、患者夫婦は、ロサンゼルスに住む子供さんのところ行きを、とても楽しみにしている様子で、隣近所にも話していました(妻の情報)

患者さんの海外渡航が判明して、医師は、

これまでは、宮崎でコロナは出ていなかったけれど、コロナも調べる一つの疾患と判断しました。

PCR検査で、令和2年3月4日に、宮﨑ではじめての、コロナウイルスの感染者と確認されました。

医師は後日、患者を診た瞬間「普通の顔色ではないと直観した」と、話してくださいました。

病院機能の停止

 

症状的には、インフルエンザとか、普通の風邪とまったくかわらない。
怖いところは、PCR検査がすぐ出来ないということ。

コロナ疾患者だと病院に通知が来ると、病院機能はただちに停止されました。

医師1名、看護師2、3名の開業医院が、2週間の経過観察のために、自宅待機の処置がとられました。

高齢者の多い集落の基幹病院としての役割はおおきく、通院中の患者たちは、病院封鎖を心配しました。

病院封鎖中も、事前に電話予約をしておけば、受付で事務スタッフの方から、投薬の処方箋をもらうことはでき、隣接する院外薬局でクスリを受けとりました。

大きかった風評被害

 

その夜には、宮﨑県内で初のコロナ感染症患者がでた。とのSNSが拡散されました。

「訳のわからないようなSNSがでまわったり、医師がウイルスをもっていて、患者にうつした」とか。

とくに、保育園、幼稚園、小学校に通う子供をもつ親たちのあいだでは、翌朝にはほとんど知っている状態でした。

病院のある集落の子供たちを、はなれた実家に、コロナ避難させる親が複数いました。

わが家でも、子供たちを保育園や小学校にかよわせているので、そのような親たちとも、なんどか話していました。

県北だったり、県南だったり、宮崎市内でも、なるべくはなれた実家などに、子供をあずけたりしていました。

はじめのうちは、おじいちゃん、おばあちゃん、避難していった子供たち、楽しくやっていても。

だんだん飽きちゃって、コロナ避難した子供たちの大半は、1週間ももたずに、わが家に帰ってきたりして。

風評被害のなかで、がんばって!!と、声が聞こえてきたときには、ありがたかった。

当番制で一定の場所で発熱外来を

 

「医師会あたりで、そのような場所をつくって当番制で発熱外来を担当する」

「そうすれば、個人病院の責任や風評被害も少しは薄れるのではないか」

「そして、早急にPCR検査の検査態勢を構築するようにと、つよく訴える」

「医者からの連絡があったら、PCRをやれる機関、保健所は優先的にどんどん検査していくということが、大切ではないか」

当時からすれば、コロナ感染対策が改善された現在では、検査態勢も少しは改善されたのかもしれませんが。

すばらしい判断

 

「宮﨑県内で、まだ、コロナウイルスの感染者の発生がないなか、また、臨床的にも診断するのがむずかしいなかで、適切な判断をしていただいた」

「すばらしい判断だった」

宮崎県の担当者は、ラジオインタビューのなかで、話しています。

一例目の患者さんは、ひと月後の令和2年4月4日に、専門病院を退院されました。

その後の宮崎県のコロナ

 

二例目が、3月17日 イギリスから帰国の20代男性。

三例目が、3月17日 40代男性

その後は、芋づる式にコロナ感染症患者が、宮崎県でも発生するようになりました。

最初のコロナウイルス感染症を診察した半年後に、基礎疾患をもっている自分は、
病院にいきました。

この病院には40年以上かかりつけています。

ちょうど、受付の前を通りかかられたときに、

「先生の功績をたたえて、宮崎県はなにか表彰すべきでしょう」

と、声をかけると、にやりと微笑まれて、診察室にはいっていかれました。

病院の封鎖が解除されてからも、訪れる患者さんたちの数は、以前と変わりません。

"</p

手洗い マスク 換気 三密回避しっかりしましょうね。
 

最後に

 

それにしても、関係ない第三者が、いかにも知ったかぶりをして、風評を流す姿勢は、人間として最低ですね。

当事者が最大に神経をすり減らし、慎重に行動しているのに、根拠もないデマを言いふらす姿は見苦しい。

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