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【まとめ】縄文時代から卑弥呼の活躍した時代までの古代神話まとめ

古代神話めぐり

これまで私が書いてきた古代神話めぐりの記事を、ここで一旦まとめてみました。

2021年7月に北海道・東北地方の縄文遺跡が、世界文化遺産に登録されることが決まりました。

そうなれば、縄文時代をはじめ弥生時代や古墳時代にも当然、注目があつまってくるでしょうね。

縄文時代をさかのぼって、マンモスが活躍していた石器時代はどんな時代だったのだろうと興味を抱かれるかたもいらっしゃるかも。

卑弥呼は縄文時代から、およそ一万五千年後頃の女帝です。

 

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卑弥呼が女になった夜

 

卑弥呼だって女ですもの。毎日を鬼道一筋に明けくれていたとは思えません。

男弟1人が卑弥呼の世話をしていたとなっています。

男弟とは、いまでいう秘書と考えられます。

これらは、すべて中国の歴史書「魏志倭人伝」に、書かれていることを、そのまま信じていることなのです。

もしかして卑弥呼は、見かけによらず活発な女性だったのかもしれません。

卑弥呼が鬼道をすてて女になった夜
卑弥呼は邪馬台国が安定しはじめたころを見はからって、南九州の巡行に旅立ちました。 南九州は天孫降臨の地であり、その地を訪れることは卑弥呼にとって、今後の邪馬台国を安定的におさめることに多いに役立つからと考えてのことでした。 卑弥...

 

卑弥呼と台与

 

卑弥呼に夫はいなかったのか。

卑弥呼は北九州の邪馬台国で死んだのか、それとも、奈良のヤマトに進出していたのか。

箸墓は誰のものか。

台与は本当に卑弥呼の妹なのか。

中国の3世紀の歴史書「魏志倭人」の中に記されたわずかな行数が、
倭国、日本の歴史をいまだにおおきく揺るがしているのです。

【卑弥呼と台与】二人の女帝は邪馬台国を北九州からヤマトへ還都した
卑弥呼は日本を代表する謎の女性です。 いまから1800年以上も前に、邪馬台国とよばれる国で鬼道を支配し、北九州の国々をおさめていました。 でも、この女性に関しては、いまだに、なにひとつ明らかになっていません。 卑弥呼は謎の...

 

西都原考古博物館は古代探索の宝庫

 

西都原考古博物館内で、一日に何度か上映されるプロジェクターによる、男狭穂塚、女狭穂塚古墳築造の謎解き映像は、見るものにおどろきをもってせまってきます。

空白の四世紀。

謎の四世紀に眠る古墳。

無文字時代のドラマが想像をかきたててくれます。

西都原考古博物館のプロジェクター映像に魅せられて 謎の四世紀の旅
西都原考古博物館内で、一日に何度か上映されるプロジェクターによる、男狭穂塚、女狭穂塚古墳築造の謎解き映像は、見るものにおどろきをもってせまってきます。 空白の四世紀。 謎の四世紀に眠る古墳。 無文字時代のドラマが想像をかき...

 

【西都原】男狭穂塚古墳 女狭穂塚古墳の埋葬者はだれ?

 

現在まで二つの古墳とも埋葬者は特定されていません。

謎の四世紀とよばれ、無文字時代の構造物なので、いまだに、人々に解けない謎と夢を与えつづけています。

男狭穂塚古墳は何故未完成なのか。

女狭穂塚古墳のあるじに破壊されたのか。

なにか手がかりが欲しいものです。

【西都原】男狭穂塚・女狭穂塚古墳には髪長姫の両親が葬られている
西都原古墳群を代表するのが、男狭穂塚・女狭穂塚古墳です。 現在まで二つの古墳とも埋葬者は特定されていません。 謎の四世紀とよばれ、無文字時代の構造物なので、いまだに、人々に解けない謎と夢を与えつづけています。 巨大古墳の謎 ...

 

神武天皇旅行記

 

神武天皇は日本の歴史書の中で、最初にあらわされた天皇です。

初代天皇のために、歴史編者たちは様々な装飾をほどこしました。

出発地を日向にしたのは、そこが天照大御神の伝承地であり、到着地を奈良の都にしたのは、そこが当時の首都だったからです。

神武東征は日本最初の観光案内書だった
神武天皇は日本国最初の天皇です。 幼いころ日向国で育ち、成長して東の国へ旅だつことを思いつきました。 東の国は、日出ずる国よりもはるかに、輝いているように見えたのです。 日本書紀誕生秘話 神武天皇は天照大御神...

 

天・地・海の神々はまず日向に天降った

 

神話と史実はちがうものの、これほど多くの神話伝説のある日向国には、古代の栄華がしのばれます。

日本書紀の編纂終了後しばらくすると、日向は陸の孤島として、何世紀にもわたって、首都から遠い国とされてきました。

古代神話めぐり 天・地・海の神々はまず日向の地へ天降った
日本の古代神話は、天・地・海の神々が神々の世界から、まず日向へおりたってから、やがて日向から大和へと連続した物語として展開していきます。 皇室の祖が日向にあった時代で、天孫降臨から神武東征の間ながれです。 宮崎古代神話めぐり ...

縄文時代は一万三千年間もつづいた

 

何故こんなに長い期間つづいたのか。

気候が温暖化になった

気候が温暖化になったので、食料になる動植物の種類や量がおおくなった

石器時代までのように食料を求めて移動しなくてすむようになった

身分の上下関係や私有財産の感覚がまだ未発達だった

【縄文時代の人と暮らしかた】驚愕 縄文時代は一万年以上も続いた
令和をさかのぼることおよそ一万年前後に制作された土器です。 この創造力といい、匠の技といい、現代人もおよばないほどの迫力があります。 日常生活の中の余暇に制作されたものか、すでに専門的な工房があって、芸術性豊かな職人たち...

 

宮﨑平野に伝わる卑弥呼伝説

 

宮﨑平野のほぼ五キロ圏内にこれだけまとまって、卑弥呼(日御子 天照大御神)伝承地があるのにおどろきです。

天照大神が天降ったのは高天原で、岩隠れしたのは高千穂の岩戸だとされています。
現地に行ってみればわかることですが、いまも交通の難所です。
古代、あのような辺境の場所で神々は会合したのでしょうか。

宮﨑平野であれば、いざなぎの尊が身を清めた御池や、天照大御神時代の生目古墳群もあります。

すこし北に進めば、西都原古墳群がひしめく西都原があります。

宮﨑平野に卑弥呼伝説が残るのも、あながち不思議ではありません。

【卑弥呼】千三百年まえの伝承地が今も残る宮﨑平野を写真で旅する
卑弥呼が最初に登場するのは、中国の歴史書「魏志倭人伝」です。 中国からやって来た調査団に、当時の倭国の首都、伊都国の係官は、ここから水行10日、陸行1月となる地に、邪馬台国があります。 その土地は、一年中気候温暖で、食物も良く育...

まとめ

縄文時代から卑弥呼の活躍した時代までの古代神話まとめてみて気がついたことは、卑弥呼が古代の歴史に占めるインパクトのおおきさにあらためておどろきました。

卑弥呼の存在がなければ、日本の歴史はまったく別の流れになっていたかもしれません。

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