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卑弥呼が鬼道をすてて女になった夜

古代神話めぐり

卑弥呼は邪馬台国が安定しはじめたころを見はからって、南九州の巡行に旅立ちました。

南九州は天孫降臨の地であり、その地を訪れることは卑弥呼にとって、今後の邪馬台国を安定的におさめることに多いに役立つからと考えてのことでした。

卑弥呼は日向の地で、1人の男性と運命的な出会いをしました。

それは、めくるめく一夜でした。

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卑弥呼日向巡行

 

日向においては当時の国府長官の豊国別大君がでむかえました。

国府長官とは、いまの県知事にあたる地位の人物です。

卑弥呼が聖地巡行をおえて、北部九州に出立する前夜、豊国別大君は、自分の宿に卑弥呼を招きいれて泊めました。

魔鏡の威力

 

邪馬台国の首長たちの争いをしずめたのは、卑弥呼の手もとにある銅鏡の魔力でした。

卑弥呼が各国を治めるようになってから最初の政治は、首長たちに自分の化身として、銅鏡を与えることでした。

いま卑弥呼の手元には中国から贈られた、画文帯環状乳神獣鏡という銅鏡が何枚かあります。

神仙と霊獣を表現した文様と、全体で天上界を表しているので、卑弥呼の鬼道と通じるところがあるのです。

卑弥呼は渡来人のなかから、新たに銅鏡製造技術者を募って、国産銅鏡を造りはじめました。

首長たちは、すだれ張りのかごの中から卑弥呼がかざす魔鏡に触れ、なかには恐れおののく首長もいました。

それだけ卑弥呼が手にしている銅鏡には魔力が潜んでいました。

多くの首長たちは魔鏡造りに協力しました。

卑弥呼は邪馬台国の各国間の争いごとが静まったのを見さだめて、筑紫、熊襲、高千穂の山岳地帯を踏み歩いて、巡幸出発から三ヶ月目にして、日向国府のある妻に到着しました。

豊国分大君との出会い

 

日向国府長官の豊国分大君は、はじめて卑弥呼に面会しました。

「この国を広く知りたい」

卑弥呼の表情を直接うかがい知ることは出来ませんでしたが、乾いた声がすだれを通してきこえました。

あまり若くては国々の首長たちに信任されないだろうし、歳をかさねすぎているとすれば、ながい巡幸の旅に耐えられるだろうか。

豊国分大君は卑弥呼を、三十歳から四十歳ぐらいの女性と想像しました。

卑弥呼が日向国府に滞在している間、豊国分大君は何度か卑弥呼と並んで、日向国内を巡幸してまわりました。

ときには常に卑弥呼のすだれのそばから離れようとしない男子を払って、二人きりになることがありました。

離れようとしない男子は、いまでいう秘書のような立場の男性です。

国府を出発する前夜、豊国分大君は付き人たちを人払いさせて、卑弥呼一人を子持ち屋根付きの屋敷にまねきいれました。

屋敷にはいるとき、卑弥呼の乗ったかごは、入り口のすぐそばに置かれました。

秘書の男性がすだれをあげ、卑弥呼はゆっくりと屋敷の中にはいっていきました。

魔鏡をしっかりと両手で包みこむようにしながら胸もとにだいています。

歳は豊国分大君が想像していたとおりの、三十歳から四十歳ぐらいの女性でした。

左右の耳がかくれるほど垂れた髪を、それぞれにひもで結んで、顔の輪郭を浮きあがらせています。

目や口の表情は乏しく、その表情からは、鬼道に仕える女帝という威厳や畏れの感情はすこしも感じられませんでした。

卑弥呼燃ゆ

 

卑弥呼は産まれてはじめて男に抱かれました。

その肌は、湯あがりのように火照っていて、豊国分大君にしっかりとしがみつきました。

その様子は、産まれながらに鬼道につかえていた巫女のすがたではなく、女がはじめて男に触れるときの胸のときめきだけが、豊国分大君の耳もとにきこえてきました。

翌朝、卑弥呼はふたたび豊国分大君に抱かれました。

卑弥呼がカゴに乗りこむとき秘書がなにかささやいていましたが、卑弥呼はその声を無視するようにして、すだれをおろしました。

豊国分大君が部屋にもどってみると、そこには魔鏡の画文帯環状乳神獣鏡がのこされていました。

卑弥呼の死

 

豊国分大君が卑弥呼の死を知らされたのは、別離から一年後のことでした。

死因は、巡行からもどってみると、すでに邪馬台国は中央の大和政権に支配されていて、各国の首長たちは魔鏡よりも古墳に権威をおぼえるようになっていたり、卑弥呼自身、鬼道の衰えをおぼえて、床に伏せるが何日もつづきました。

卑弥呼が息を引き取った日、北部九州の空は、晴れているにもかかわらず、闇のように暗い時間がしばらくつづきました。

豊国分大君は卑弥呼があの夜抱かれたのは、すでに鬼道の衰えをおぼえていて、魔鏡を置いていったのだとおもいました。

最後に

 

卑弥呼だって女ですもの。毎日を鬼道一筋に明けくれていたとは思えません。

男弟1人が卑弥呼の世話をしていたとなっています。

男弟とは、いまでいう秘書と考えられます。

これらは、すべて中国の歴史書「魏志倭人伝」に、書かれていることを、そのまま信じていることなのです。

もしかして卑弥呼は、見かけによらず活発な女性だったのかもしれません。

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